2011年05月16日
ご近所、花探訪
自転車で、ご近所を走り抜けると、丹精込めた花に出会う。

見事な藤だな、いや藤棚。


熊ん蜂君はここに居ました。
芍薬でしょうか、牡丹かな。

家の前の八重桜は、葉桜です。緑の勢いが増してきました。

あっ、これは自然のまんまです。
見事な藤だな、いや藤棚。
熊ん蜂君はここに居ました。
芍薬でしょうか、牡丹かな。
家の前の八重桜は、葉桜です。緑の勢いが増してきました。
あっ、これは自然のまんまです。
2011年05月05日
庭の記念樹
我が家の桜が満開になった。

子どもが小学生のときに、学校でもらった記念樹の八重桜。
手入れもしないが、きれいに咲いたね。
下の子が小学生のときに、もらった記念樹の花水木。こちらも満開。

家を建てたのが、桜の記念樹を植えた年。2000年、20世紀の最後の年だった。
子どもたちは、高校生。育つものである。子どもも記念樹も、あまり手入れをしていない。反省。
連れ合いが丹誠した寄植え。庭には、季節ごとに順番に花が咲くようにしている。見事だ。
子育ても連れ合い任せにしてきた。大反省。

街路樹の花水木も満開。
子どもが小学生のときに、学校でもらった記念樹の八重桜。
手入れもしないが、きれいに咲いたね。
下の子が小学生のときに、もらった記念樹の花水木。こちらも満開。
家を建てたのが、桜の記念樹を植えた年。2000年、20世紀の最後の年だった。
子どもたちは、高校生。育つものである。子どもも記念樹も、あまり手入れをしていない。反省。
連れ合いが丹誠した寄植え。庭には、季節ごとに順番に花が咲くようにしている。見事だ。
子育ても連れ合い任せにしてきた。大反省。
街路樹の花水木も満開。
2011年05月04日
里山の桜、須坂井上
若い緑の芽吹く里山に、山桜、八重桜が点在しています。
須坂インターの東、井上城趾の桜がこれからが見頃です。

この辺りは、井上歴史の道として、井上氏の館跡に近く、中世井上氏の氏神八幡宮であった小坂神社の下方にあたります。
小径の入り口は斜面に黄色い山吹と「山桜」の花と葉。

八重咲の「普賢象」は、淡い紅色の花が三分咲きというところでしょうか。

「うこん(鬱金)桜」、淡黄緑色の八重咲の桜です。終わり頃になると淡桃色に変わるそうです。


「関山」は、濃い紅色の八重咲きの桜ですが、まだ蕾の方が多く、これからという感じでした。満開になると見事でしょうね。


里山なので、道は緩やかですが、靴はしっかりした物を履いてきた方が無難です。
少し登りますが、「思川」が溢れるばかりの花をつけている筈です。(写真は昨年のものです)

一時間余りの道行きですが、里山の桜が堪能できます。
須坂インターの東、井上城趾の桜がこれからが見頃です。
この辺りは、井上歴史の道として、井上氏の館跡に近く、中世井上氏の氏神八幡宮であった小坂神社の下方にあたります。
小径の入り口は斜面に黄色い山吹と「山桜」の花と葉。
八重咲の「普賢象」は、淡い紅色の花が三分咲きというところでしょうか。
「うこん(鬱金)桜」、淡黄緑色の八重咲の桜です。終わり頃になると淡桃色に変わるそうです。
「関山」は、濃い紅色の八重咲きの桜ですが、まだ蕾の方が多く、これからという感じでした。満開になると見事でしょうね。
里山なので、道は緩やかですが、靴はしっかりした物を履いてきた方が無難です。
少し登りますが、「思川」が溢れるばかりの花をつけている筈です。(写真は昨年のものです)
一時間余りの道行きですが、里山の桜が堪能できます。
2011年05月02日
東山魁夷館、京都の記憶
善光寺界隈は、花回廊で賑わっています。
その喧噪から少し離れた城山公園の、北東隅に東山魁夷館はあります。
すでに花は散り、葉桜です。

東山魁夷館の年間テーマは、「東山魁夷の旅」。6回に分けて、常設展示を模様替えするそうです。

今日は、第Ⅰ期(2011年3月31日〜5月24日)として、「京都の記憶」と題した展示がされていました。
1969年、新潮社から「京洛四季」として出版された作品の習作/スケッチ類が、一堂に集められていました。
小品ですが、京都の自然や建物、風物が巧みに切り取られていて、色合いと構図が素晴らしく、日本画というより斬新なデザインに惹かれます。
僕は、若い頃、京都の紫野に下宿していたので、東山魁夷の描いた「京洛四季」のモチーフを、近くの社寺の境内のなかに見つけながら、通学していました。あのとき切り取られた風景は、まだ実在しているのだろうか。それとも、記憶のなかだけだろうか。
寺の塀 (大徳寺)
あぶり餅 (今宮神社)
砂紋 (大徳寺大仙院)
初紅葉 (大徳寺高桐院)
三玄院露地 (大徳寺三玄院)
東山魁夷が旅人の眼で出会った移ろいゆく京の自然や生活に根ざした風物を通じて、自分自身の京都の思い出を再発見する企画です。

東山魁夷館では、「年間パスポート2011」が用意されています。
年会費1,500円で、東山魁夷館の年6回の常設展が何度でも鑑賞できる、たいへんお得なパスポートです。
東山魁夷館の静かな佇まいを、独り占めしたような気分で、ご満悦
その喧噪から少し離れた城山公園の、北東隅に東山魁夷館はあります。
すでに花は散り、葉桜です。
東山魁夷館の年間テーマは、「東山魁夷の旅」。6回に分けて、常設展示を模様替えするそうです。
今日は、第Ⅰ期(2011年3月31日〜5月24日)として、「京都の記憶」と題した展示がされていました。
1969年、新潮社から「京洛四季」として出版された作品の習作/スケッチ類が、一堂に集められていました。
小品ですが、京都の自然や建物、風物が巧みに切り取られていて、色合いと構図が素晴らしく、日本画というより斬新なデザインに惹かれます。
僕は、若い頃、京都の紫野に下宿していたので、東山魁夷の描いた「京洛四季」のモチーフを、近くの社寺の境内のなかに見つけながら、通学していました。あのとき切り取られた風景は、まだ実在しているのだろうか。それとも、記憶のなかだけだろうか。
寺の塀 (大徳寺)
あぶり餅 (今宮神社)
砂紋 (大徳寺大仙院)
初紅葉 (大徳寺高桐院)
三玄院露地 (大徳寺三玄院)
東山魁夷が旅人の眼で出会った移ろいゆく京の自然や生活に根ざした風物を通じて、自分自身の京都の思い出を再発見する企画です。
東山魁夷館では、「年間パスポート2011」が用意されています。
年会費1,500円で、東山魁夷館の年6回の常設展が何度でも鑑賞できる、たいへんお得なパスポートです。
東山魁夷館の静かな佇まいを、独り占めしたような気分で、ご満悦
2011年04月30日
春季例祭、八幡神社
西尾張部の八幡神社、春季例祭が無事、終わりました。

今年から祭典委員長を拝命しています。
と言っても、わからないことばかりで、総代さんや諸先輩方のご協力をいただき、無事終了することができました。
この地区では、氏子総代は、前年の区長さんがつとめ、祭典委員が例祭の準備、実施の補助を行うことになっています。
28日に準備、29日に祭事、30日に後片付けと整理。
今年は、東日本大震災があり、神社本庁から「神事・祈願祭はしっかり行っていただきたいが、その他の行事はできる限り自粛していただきたい」の意向がありました。
そこで、吹流しは立てず、神楽・獅子舞の奉納も取りやめ、自粛した例祭となりました。

注連縄を張り替えたり、社殿の幕を張ったり、経験者の指導や写真などを見ながら、間違いがないように神経を使って準備します。

神様へのお供えである「神饌」の作り方・供え方には、細心の注意を払います。三方の位置や持ち方など、神社の作法があり、神官さんに指導していただくのですが、緊張します。昨年は、三方から餅が滑って落ち、「拾うな!」と叱責の声が神官さんから飛びました。
28個の餅は重いし、ビニールで包んであって、滑りやすいのです。

今年は、なんとか、粗相なしに。「神饌」をお供えすることができました。
春季例祭の祝詞に続いて、神官さんより「東日本大震災復興祈願」の祝詞が上げられました。
春季例祭は、その年一年間の豊穣を祈願する祭祀です。今年はそこに東日本大震災の復興を祈願する思いが加わりました。
祭典委員には、被災地の復興支援のため、祭事に不参加になった委員もいました。
神官さんの祝詞を聴きながら、3.11の記憶を辿りながら、これからは復興のために、前向きにがんばろうという気持ちが湧いてきました。
不慮(ふゆり)なくも平成二十三年三月十一日に始まりし東日本を襲(おそ)ひし大震災により街毎(まちごと)に家屋等(など)の倒壊(たふ)れ濁流(だくりう)にのまれ住民等傷(ひとびとらきず)つき可惜尊(あたらとふと)き生命失(いのちう)せ給ひし
犠牲者(ひとびと)の数(かず)知れず有りしは實(げ)にも惨状(いた)ましく憂(うれ)たき極みにこそあれ
故(かれ)身退(みまか)り給ひし数多(あまた)の霊魂(みたま)を安きに救済(すくい)給ひ亦(また)地震・余震・津波が一日(ひとひ)も早く鎮静(をさま)り被災者等(ひさひせしひとびと)を救出(すくひ)安泰(やすき)に導かせ給ひ
また福島第一・第二原子力発電所にありては特別安全措置(よりよきそち)がなされ被曝の災いあらしめず
悉(ことごと)く本来(もと)の平安生活(うらやすきたづき)に復興(たちかへ)らしめ給へと真心(まごころ)の限りこ乞祈奉(こひのみまつ)る
今年から祭典委員長を拝命しています。
と言っても、わからないことばかりで、総代さんや諸先輩方のご協力をいただき、無事終了することができました。
この地区では、氏子総代は、前年の区長さんがつとめ、祭典委員が例祭の準備、実施の補助を行うことになっています。
28日に準備、29日に祭事、30日に後片付けと整理。
今年は、東日本大震災があり、神社本庁から「神事・祈願祭はしっかり行っていただきたいが、その他の行事はできる限り自粛していただきたい」の意向がありました。
そこで、吹流しは立てず、神楽・獅子舞の奉納も取りやめ、自粛した例祭となりました。
注連縄を張り替えたり、社殿の幕を張ったり、経験者の指導や写真などを見ながら、間違いがないように神経を使って準備します。
神様へのお供えである「神饌」の作り方・供え方には、細心の注意を払います。三方の位置や持ち方など、神社の作法があり、神官さんに指導していただくのですが、緊張します。昨年は、三方から餅が滑って落ち、「拾うな!」と叱責の声が神官さんから飛びました。
28個の餅は重いし、ビニールで包んであって、滑りやすいのです。
今年は、なんとか、粗相なしに。「神饌」をお供えすることができました。
春季例祭の祝詞に続いて、神官さんより「東日本大震災復興祈願」の祝詞が上げられました。
春季例祭は、その年一年間の豊穣を祈願する祭祀です。今年はそこに東日本大震災の復興を祈願する思いが加わりました。
祭典委員には、被災地の復興支援のため、祭事に不参加になった委員もいました。
神官さんの祝詞を聴きながら、3.11の記憶を辿りながら、これからは復興のために、前向きにがんばろうという気持ちが湧いてきました。
不慮(ふゆり)なくも平成二十三年三月十一日に始まりし東日本を襲(おそ)ひし大震災により街毎(まちごと)に家屋等(など)の倒壊(たふ)れ濁流(だくりう)にのまれ住民等傷(ひとびとらきず)つき可惜尊(あたらとふと)き生命失(いのちう)せ給ひし
犠牲者(ひとびと)の数(かず)知れず有りしは實(げ)にも惨状(いた)ましく憂(うれ)たき極みにこそあれ
故(かれ)身退(みまか)り給ひし数多(あまた)の霊魂(みたま)を安きに救済(すくい)給ひ亦(また)地震・余震・津波が一日(ひとひ)も早く鎮静(をさま)り被災者等(ひさひせしひとびと)を救出(すくひ)安泰(やすき)に導かせ給ひ
また福島第一・第二原子力発電所にありては特別安全措置(よりよきそち)がなされ被曝の災いあらしめず
悉(ことごと)く本来(もと)の平安生活(うらやすきたづき)に復興(たちかへ)らしめ給へと真心(まごころ)の限りこ乞祈奉(こひのみまつ)る
2011年04月24日
西之門の桜
善光寺は西之門の桜が好きだ。

ここで造られたお酒を頂戴し、中庭の桜を愛でる。

さくらというレストランもあり、ここでは貸し切って結婚式が挙げられていた。

満開の桜の中で、幸せなカップル誕生。
善光寺界隈で、僕のお気に入りの場所の一つ。
ここで造られたお酒を頂戴し、中庭の桜を愛でる。
さくらというレストランもあり、ここでは貸し切って結婚式が挙げられていた。
満開の桜の中で、幸せなカップル誕生。
善光寺界隈で、僕のお気に入りの場所の一つ。
2011年04月23日
天狗の桜
戸倉の駅の東山の中腹に、大きな天狗の像が立っています。

麓から天狗の像、そして山の勾配が急になるまでの一帯が、公園になっています。
公園の名称は、「戸倉宿/キティパーク」。でも、キティちゃんに関するものは、ここにはありません。あるのは、長いスロープの滑り台と、ウサギやヤギのいる小さな動物園。このウサギたちが、「キティちゃん」かもしれません。ヤギは、威風堂々としたアンデス山中にいるような「山羊」さんです。
戸倉駅から天狗像まで、歩いて30分ほどで登れます。車であれば、すぐでしょう。車道がちょうど桜のトンネルになっていて、近隣の桜の名所の一つです。天狗の象からは、対面する姨捨、冠着との間を縫って流れる千曲川の雄大な風景が眺望できます。
僕が戸倉で働くようになって、5年になります。
縁あって、いまの会社にお世話になりました。試用期間の3ヶ月が過ぎ、正社員となったときは、年甲斐もなく感激しました。会社の前の桜は、ちょうど満開でした。
戸倉の桜が満開になると、あのときの喜びと決意が甦ってきます。そこで、この時期には毎年、会社から天狗の像まで歩き、満開の桜を見ながら、初心を思い出すことにしています。
以来、なぜ、ここに天狗がいるのか。不思議でしょうがないのです。
また、仮説を立てることにします。

天狗の像
愛称:千曲天狗(ちくまてんぐ)
性格:人に優しく自分に厳しく苦難には勇気を持って立ち向かう。
身の丈:8.08メートル(全長9.5メートル)
構造:鉄骨及び強化プラスチック
麓から天狗の像、そして山の勾配が急になるまでの一帯が、公園になっています。
公園の名称は、「戸倉宿/キティパーク」。でも、キティちゃんに関するものは、ここにはありません。あるのは、長いスロープの滑り台と、ウサギやヤギのいる小さな動物園。このウサギたちが、「キティちゃん」かもしれません。ヤギは、威風堂々としたアンデス山中にいるような「山羊」さんです。
戸倉駅から天狗像まで、歩いて30分ほどで登れます。車であれば、すぐでしょう。車道がちょうど桜のトンネルになっていて、近隣の桜の名所の一つです。天狗の象からは、対面する姨捨、冠着との間を縫って流れる千曲川の雄大な風景が眺望できます。
僕が戸倉で働くようになって、5年になります。
縁あって、いまの会社にお世話になりました。試用期間の3ヶ月が過ぎ、正社員となったときは、年甲斐もなく感激しました。会社の前の桜は、ちょうど満開でした。
戸倉の桜が満開になると、あのときの喜びと決意が甦ってきます。そこで、この時期には毎年、会社から天狗の像まで歩き、満開の桜を見ながら、初心を思い出すことにしています。
以来、なぜ、ここに天狗がいるのか。不思議でしょうがないのです。
また、仮説を立てることにします。
天狗の像
愛称:千曲天狗(ちくまてんぐ)
性格:人に優しく自分に厳しく苦難には勇気を持って立ち向かう。
身の丈:8.08メートル(全長9.5メートル)
構造:鉄骨及び強化プラスチック